西表島|偶然に導かれて|動物と自然

 

西表島に行くことは最初はまったく考えていなかった。
たまたま、泊まりたかった石垣島の宿が2泊しか取れなかった。
たまたま、Googleマップで目に入った。

本当は石垣島だけに行くつもりだったけれど、偶然に導かれたように行ったこともない西表島に行くことになった。
それから、ここでの宿泊先は身体の感覚を感じて決めたものだった。



石垣島から西表島に渡り、船をおりて、宿泊先のオーナーさんのお出迎えで始まった。
石垣島と同じく西表島でもレンタカーを借りない旅。

西表島での宿泊先は、古民家をリノベーションした宿だった。
宿に入るとスゥ〜と感情が穏やかになっていくことを感じていた。
そこは、とっても心地の良い空間だった。


本が置いてあることは知っていたけれど、既に持っている本、読んだことがある本もいくつかある。とても好きな本、興味がある本がたくさん置かれた本棚だった。

この空間の波動、この本のラインナップを見て、
わたしがこの宿を決める時に感じた感覚に納得した。

到着した日の夕暮れどき、
宿のオーナーさんが、レンタカーを借りなかったわたしたちに、ご好意で蛍を見に連れて行ってくださった。
石垣島にはいなかった蛍。西表島にはたっくさんの蛍がいた。石垣島だけの旅だったら蛍は見れなかったのか。と思ったら、起きる出来事すべては最善だな。と思った。

蛍を見に行く前に、
動物好きのオーナーさんのペットのお馬さん、サン🐴に会わせてもらった♪
かわいいかわいいサン。

サン🐴

「どうしたの〜今日は吊り目だねぇ、機嫌悪いの?どうしたの」
甘々な声でサンに話しかける素敵なオーナーさん。
わたしには吊り目には見えなかったけれど、サンのちょっとした変化にも気付くオーナーさん。飼い主であるオーナーさんに終始甘えるサン。


わたしたちもたくさん撫でさせてもらった。
とっても可愛かった。。

オーナーさんのもう1人のペット🐶
困り顔のテトちゃん♡こちらもかわいい。

テト🐶

そして蛍を見に。
日没から30分しか光らないのだそう。

50メートルくらいの道の両脇にイルミネーションのようにたくさんの蛍が光っていた。わたしと夫、宿のオーナーさんと、たまたま居合わせた外国人カップルの合計5人で、固唾を飲んで静かに蛍を眺めた。
この貴重な時間を一瞬たりとも見逃したくない。そんな気持ちで。

本当に30分だった。
30分経つと、光がみるみるうちに減っていった。

その後、星が綺麗に見えるスポットに連れて行ってもらった⭐️
ここでも、ただただじーっと無言で満点の星空を眺めた。
この星空を目に焼き付けたい。そんな気持ちで。

星と蛍はなんだか似ている。
どちらも暗闇の中に光るもの。
どちらも見られる時間に制限がある。

なんだか雪に似ているなぁと思った。

たまにしか見られない、限られた時間しか見られない。
人はそういうものにはしっかりと「感じる」時間を取ろうとするのかな。
一瞬たりとも見落としたくない。
しっかり感じたいんだ、この時間を。
そうやって思うのかな。

なんで人は「光」を美しいと感じるのだろうか。
それは人の本能なのか。懐かしさからなのか。
全ての人間が、とても大切なものを、深い深い遠い遠い記憶の中に持っているんだろうな。そんなふうに感じていた。


西表島は環境への意識がものすごく高い。
燃えるゴミに生ゴミが混ざっていたらごみ収集で持っていてもらえないのだとか。生ゴミはコンポストに入れるのだそう。
プラスチック削減への意識もものすごくて、ペットボトルのゴミを持っていたのだけど、なんだか西表島では捨てたくない、尊いこの島を汚したくない。大切にしたい。そんな気持ちにさせられた。キッチンのスポンジもマイクロプラスチックが海に流れないように、プラスチックを使わない素材のスポンジだった。

石垣島には蛍がいなかったと書いたけれど、なんだか環境への意識がすごく関係しているような、そんな気がしてならなかった。
わたしは環境問題には全く詳しくないし、科学的な知識もないから分からないけれど、石垣島の飲食店のオーナーさんとの会話の中で「今年は蛍が全く出ないという」という会話のすぐ後に「何もないと思って来た石垣島にはダイソーだってなんだってあったんだ」という話と「西表島の環境問題への意識の高さ」がなぜかわたしの頭の中に残り、同時に頭に浮かぶ。
だから、そういうことなのかな、、とわたしは感じていた。


1食だけ、スーパーで買った食材を使って宿泊先でご飯を作った日があった。焼いたお肉と野菜を乗せたうどんにした。

その時に、ものすごく感じていたことがあった。
「野菜がめちゃくちゃ美味しい・・・。(化学肥料は使ってるかわからないけど見た目的に多分農薬は使われていない)」
「お肉いらんなぁ、、乗せなきゃよかったな・・・」
「畑が恋しい。畑がやりたい。野菜作りがしたい。やっぱ化学肥料使わない野菜を作ってみたいなぁ」


お肉に対する拒否感と、野菜作りへの愛しさ。
自分たちで作ったごはんを食べながら、そんな想いを強烈に感じていた。


今、わたしは家の前のご高齢の男性とその娘さんの畑を昨年から手伝わせてもらっている。もちろん無農薬だけど化成肥料は使っている。無農薬というだけでもありがたくて、それはそれで良いけれど、実は無農薬・無肥料の自然栽培にも前から少し興味があった。自然栽培をされている知り合いの知り合いくらいの方がいて、ずっと連絡したいけど連絡する勇気を出さずにそのままにしていた。でもこのご飯を食べている時に、「帰ったら絶対連絡しよう!!」そう決めた。

そして帰宅後、実際に連絡して、先日その方の畑を手伝わせてもらい、余っている場所を少し使わせていただくことになった。今年から自分で無農薬・無肥料にもちょっと挑戦してみることになった。(この話はまた書けたら。)


わたしには以前、お肉を食べない生活をしていたことが3年ほどある。魚介類は食べるけど、外食でどうしてもって時以外はお肉は食べない、という生活。結婚してから1年弱くらいはお肉を使わずに生活していたけれど、夫はお肉食べたいと言うし、献立レパートリーがなさすぎて面倒くさくなって、またお肉を食べる生活に戻していた。

西表島ではなぜかお肉に対する拒否感が少し戻っていた。

実は昔、「アミ小さな宇宙人」を読んだときに、牛肉を「牛の死骸」って表現している文章があって、なんとなく疑問に思っていた肉食に対して、その本がきっかけとなってお肉をやめていた。その「アミ小さな宇宙人」が今回の宿泊先に置いてあった。

それから、西表島でビーチに向かって歩いていた時、建物の横に男性が集まっていて、「なんだろう?」と思って、ふと目を向けたら、毛がないツルツルの動物に刃物を入れる瞬間だった。
ギョッとして急いで目を背けた。
「気持ち悪い気持ち悪い」心の中でそう思っていた。
隣を歩いていた夫は全く気づいておらず、わたしだけがその瞬間を目撃していた状況だった。

「偶然見かけた」
確かにそうだけど、そうじゃない。
「必要だから見せられた」
そんな気がした。
わたしは、動物の屠殺に気持ち悪い、かわいそう、おかしいという感情を抱いている。そういえば、石垣島でも1匹だけ離れて鎖に繋がれているヤギを見た。あの子はもうすぐ屠殺されるからみんなから離されているんだと聞いた。西表島にもたくさんのヤギがいた。この子達はみんな食べるためのヤギだと聞いた。
わたしはそこから目を背けて当たり前のようにお肉を食べている。
そこに疑問を持っている自分から目を背けるな。
そんなサインだったのだろうか。


今はまだ、わたしの思考はお肉を完全にやめようという決心はしていないけれど、わたしの深いところは、お肉を食べたくないと思っているような、なんだか頭と心が乖離している歪な状態なのかもしれない。

ビーチからの帰り道、その動物はそこにいなくて、お鍋だけが置いてあった。

「気持ち悪い」なんて書き方してしまって不快に思った方がいたら申し訳ないなぁと思うけれど、たまたまわたしの感じ方がこれだっただけ。きっと、同じものを見て「もっと動物に感謝してお肉を食べよう」ということを感じて、より感謝を意識する方もいるだろうし、本当に人それぞれ、さまざまな感じ方があるものだと思う。


そういえば、西表島で行った数少ないランチのお店はしっかりヴィーガンメニューもあるお店だった。
わたしがいただいたのは海老とナスのココナッツ炒め定食だったけれど。ここがとってもおいしかった。



西表島でしたことは宿で本を読んだりくつろいで過ごす、ビーチに行く、サンに会いに行く、お散歩をする、ただそれだけ。




宿のハンモックでくつろぎながら、本を読んだりしてゆったりリラックスする時間を過ごしていたとき。

“森の中にあるログハウス、同じ敷地内に古民家がある。その古民家をリノベーションする。敷地内には畑がある。”
リラックスしながら、そんな光景が頭に浮かんでいた。
ログハウスにも興味があるわたしだけど、実は古民家のリノベーションにも興味がある。
頭に浮かんでいたものは、理想の未来像だと思う。


と、同時に、
いや無理でしょ
そんな都合の良い場所、どうやって見つける?
と頭に浮かんだ。

でも、答えもなんとなく持っていた。
明確に純粋なイメージをする。
必要な行動をする。(物件を探したり、探してると人に伝えたり)
あとはタイミングも見つけ方も叶い方も全てはわたしのコントロールの範囲外。委ねる。
きっと、そうやって現実は創造されていくのだろう。 

そういえば、こんなど田舎でここのオーナーさんはどうやってこの古民家を見つけたの?リノベーションは自分でしたの?
いろんな疑問が浮かんだ。
「そうだ、明日の帰りにオーナーさんに聞こう。」
そう思った。

この話の続きはまた別の記事で。

(つづく)