自然大先生が教えてくれたこと

秋の紅葉と雪化粧した富士山がとても良い感じです。

今日はわたしがよく行くお気に入りの自然の場所に行ってきました。

ただでさえ涼しいその場所は、肌寒い季節になってきて、夏のように長居ができなくなってきてしまったなぁ。

美しいその場所は、いつもわたしにいろんなことを教えてくれます。

わたしは自然を先生だと思っていて、わたしが自然の中に行くことは自分を癒すことが1番の目的だけど、人生の課外授業のような場所だとも思っています。

 

今日教えてもらったこと。

葉っぱが風に流されて木々から舞い落ちていたのだけど、1枚の葉っぱにわたしの意識が向いた。
その葉っぱはゆっくりと、右へ、左へ、時に0.5秒ほど浮いて止まったように見え、また右へ、また0.5秒浮いて止まり、また左へ・・・
そんな感じでひらひらと舞い落ちていた。

わたしには葉っぱがダンスしているように見えた。

その葉っぱは何も力を入れていなくて、自分の意思では行き先も、何もかもすべてをコントロールしていないように見えた。

そういえば、ダンスが上手い人って、身体が力んでいなくて、柔らかくしなやかな動きだなぁって思った。むかし、ピアノを習っていた頃、腕に力を入れてはいけない、リラックスリラックス〜って教えてもらったなぁ。
葉っぱのダンスを見た時、そんなことをふと、思い出した。

それから、蜘蛛の巣の糸で枝から葉っぱが1枚ぶら下がっていた。
その葉っぱは風にふかれてゆらゆら〜って揺れていた。
なんだか風鈴みたいで美しいなぁと思ってしばらく眺めていた。

美しいものってコントロールがない、リラックスしていて、自然のように、ただ身を任せて委ねているから美しい。
そして、人間は誰かにそれが美しいのだと教えてもらっていないのに、時に人はそんな美しさに感極まって涙を流すほど。

本当に人間!?と思うほど軽やかに、しなやかにダンスをするマイケルジャクソンが美しく見えるのも、どうしたらこんなに柔らかく優しい音色を出せるのかと思うほどピアニストの辻伸之さんのピアノが美しいと思うのも、風に靡いて音を奏でる風鈴が美しいと思うのも、全部「これが美しいのですよ」と誰かに教えてもらったわけでもない。
それが美しいと、最初から遠い記憶の中に知っているからではないかと感じる。

共通しているのは、コントロールがなく、リラックスしていて、まるで何かに身を委ねているように柔らかだからということかなってわたしは感じた。もちろん人それぞれ感じ方は違うと思うけれど。

でも今日この自然から、何もコントロールせず、リラックスして、身を委ねて生きること、それがとても美しいのだ。
と教えてもらったような気がしたのでした。