孤独について思うこと

今日も真っ青の快晴で、朝起きた瞬間から気持ち良く、嬉しい気持ちでいっぱいでした。
富士山もバッチリ綺麗に見えています。
お天気が良いだけでわたしの心はすごく晴れるんだなぁと最近感じます。

ふと、ある記事を読んでいて感じたことがあったので、今日は孤独についてわたしが思うことを書きたいと思います。

ある有名な方が、老後に孤独にならないために同世代だけでなく後輩世代など自分と年齢が違う世代とも仲良くしてる、というようなことをおっしゃっていたことを思い出しました。

孤独の恐れ。
老後だけでなくて、恐らく多くの人が1度は感じたことがあるものではないかなぁと思います。
わたしも孤独の恐れは持っています。

祖母は現在1人暮らし。88歳なんだけど、とーっても元気です。
(先日一緒にご飯を食べた時に、同じものを食べているのに夫と私より食べ終わるのが早かったほど。笑)
でも、ずっと仲良くしていた多くのお友達は、亡くなってしまったり、健康ではなくなってしまったりで、一緒に遊びに行ったりができなくなってしまったそう。
お友達がどんどんいなくなっていくと嘆いていたことがあります。
私にとっての甥、祖母にとってのひ孫が生まれる頃、「ひ孫の顔を見たらもう良いので、どうぞお迎えに来てくださいって天にお願いしている」なんて悲しいことを言っていたこともあります。(その割に会うと元気そうでいつもホッとするけれど)

”孤独の恐れ”
ほとんどの方が持っていると思うのだけれど(無意識のうちに隠してしまって気づいていない人も多いと思うけれど)、その恐れを取り除くために、ほとんどの人が、「友達を作る」「家族を作る」「仲間を作る」ということで回避しているんじゃないかなぁと私は思っています。

友達や家族や仲間がたくさん周りにいたら、「孤独の恐れ」は一時的に消えるもんね。

でも、それは根本的な解決になっているのかなぁとわたしは思うことがあります。
若い頃はたくさん周りに仲間がいたから孤独の恐れは感じずに済んだ。
けれど、年をとり、子供も独立し、配偶者に先立たれ、お友達に先立たれ・・・となったときにその孤独の恐れはまたやってきます。

わたしたちが孤独の恐れを感じたときに、本当に学ぶべきだったことは
「友達、家族、仲間を作っておくこと」ではなく、
「孤独は幻想であるということを理解すること」だったのではないかと今の私は感じています。

本当は孤独なんて存在していない。
1人でいても孤独ではないし、全てからとても愛されているし、全てをとても愛しているし、離れていても繋がっているし、幸せであるということ。

わたしは今、縁もゆかりもなかった土地に夫と2人きりで住んでいます。
この街にお友達もいないし、昔からのお友達ともすぐ会える距離にはいません。
今は本当に限られたお友達にしか会っていないし、たまに、ふと孤独を感じることがあります。

でも、自然の中に1人で佇んでいる時、孤独を感じるどころか、むしろ泣きそうになるような喜びを感じることがあります。
ちょっとすれ違った見知らぬ人と、少しの挨拶のような会話をするだけで、温かい気持ちになります。
「1人でいても孤独ではない」「孤独は幻想」ということについて、「あっこういうことか」とその時感じることができます。

これから先、わたしたちが行き着くところは、そんな温かな境地なのではないかなぁと思っているし、まずはわたしが、そんな風に感じられる自分になれるように。というより、そんな風に感じられる本当の自分自身に戻れるように、感覚として体験を積み重ねていきたいなぁと思っています。そんな自分に”なりたい”というよりは、「思い出したい」。そんな感覚です。