先日夫の誕生日でした。
ケーキ屋さんにホールケーキを買いに行ってお誕生日のプレートをお願いしたら、「さとくん」のせいか、なんだか子供の誕生日ケーキのようになりました。笑
さて。先日さやちゃんという素敵な絵を描く女の子の動画をyoutubeで見ました。
すっごく素敵な絵を描く女の子なんだけど、特に色遣いにわたしはとても惹かれた。
いろんな色を使っていて、動物だってとにかくカラフル。
この動物は”何色でなければいけない”という固定概念に縛られていない。
どうやら幼稚園時代からそうだったようで、
自画像を描くにしても、自分の髪の毛や肌の色が実際は何色だろうとも、とにかくカラフルにいろんな色を使って描いていたみたい。
そして当時の幼稚園の先生たちが「髪の色は黒色だ、肌は肌色だ」というような固定概念を押し付けるどころか、「目に見えているものだけが正解じゃない」と言ってくれる先生だったそう。
幼稚園の先生が、「すごいすごい、上手だね!」ってとにかく褒めてくれたみたいで、絵の自信がそこで付いたと思うとお母さんが動画内でおっしゃていました。
さらに、全て筆で描いているわけではなく、綿棒や歯ブラシを使ってみたり、ナイフを使ってみたり、風船を使ってみたり、ブロッコリーを使ってみたり、ありとあらゆるものを使って絵を描いていた。
もしも周りにいる大人が「歯ブラシは歯を磨くために使うものです!絵の具をつけて遊んではいけません!」「食べ物で遊んではいけません!」なんて言っていたら、この子は絵を描くことが楽しくなって今頃絵の才能をこんなにも発揮していなかった可能性もあるんじゃないかなぁなんて思って見ていました。
女の子自身の創造力、絵が好きという想いはもちろんのこと、周りにいた大人が、女の子に「固定概念」を植え付けなかったっていうことがわたしはとても美しいなって感じました。
子供の頃に言われた「こうあるべき」って、素直な子供は忠実に信じてしまうし、それが大人になってからも一生囚われちゃうものだと私は感じていて。
例えば。
わたしは今お仕事をしていません。今はお仕事をせず自分を感じる時間を創ることが大事だと自分で思っているからこの状況を選んでいるのだけど、でもたまにふと、「働かなければいけない、何かを形にしなければいけない」と思うことがあります。
それは、幼い頃からダラダラ過ごしていたらそんなことしてないで勉強しなさいって言われたりしたことが関係してるのかなって思っています。つまり、リラックスすることはいけないこと。目に見える形で何かをしていなければいけないって固定概念が身についているのだということ。
ついてしまった「こうあるべき」「こうしなければならない」は少しずつ手放していった方が自分がうんと生きやすくなる。でも気づいて手放すって簡単なことでもないから、できれば子供に「固定概念」を植え付けさせない教育ができたら、どんなに美しい世の中になるだろう。そんなことを日々感じています。